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2023.03.31(2023.04.12 更新)

庭園の生きもの調査から小石川後楽園の価値を知る

トヨタ自動車株式会社、株式会社豊田中央研究所

対象:一般市民従業員

貢献:NbS(Nature based Solutions)ネイチャーポジティブ

▲復元された「唐門」と雪吊を施された内庭の松の風景(写真1:左)、 儒学者朱舜水が設計したとされる石橋「円月橋」(写真2:右)

NACS-Jは、トヨタ自動車株式会社が小石川後楽園において環境DNAと目視の調査で行った生きもの調査に監修・協力をしました。その調査結果と考察をNACS-J亀山章理事長と大野正人が解説をします。

庭園の生きもの調査から小石川後楽園の価値を知る(PDF/2.2MB)

 

1.小石川後楽園の価値とは

1)はじめに

小石川後楽園は、水戸藩初代藩主徳川頼房と二代藩主光圀によりつくられた江戸時代初期の代表的な大名庭園であり、文化財保護法に基づいて1952年に特別史跡及び特別名勝に指定されています。
東京ドームに隣接し、高層ビルが周囲に立ち並ぶなかにある、面積約7haの小石川後楽園は、まとまりのある緑地であり、生きものの生息環境にもなっています。この地域の自然植生である照葉樹のスダジイやタブノキなどの樹林が残され、梅林やマツ林、池や滝、水田などさまざまな環境が庭園のなかに配置されているので、季節ごとの変化を楽しむことができます。
これまでの生物調査では、鳥類は78種が確認され、同じ文京区内の他の地域と比べ2倍以上の種数になります。特に池があるため、カワセミやカルガモが繁殖し、サギ類やカイツブリなどの水鳥が見られます。

2)生物多様性からみた小石川後楽園の価値

公益財団法人日本自然保護協会(NACS-J)は、トヨタ自動車株式会社が社会貢献の一貫として2022年度に行った小石川後楽園の生きもの調査に、監修・協力をしました。まずは、その調査を行う前に、生物多様性の保全の観点から、小石川後楽園の価値を景域計画株式会社の協力のもと整理してみました。

江戸時代から続く貴重な自然
「江戸時代から生きものの遺伝子を繋いでいる」

小石川後楽園は、江戸時代より存在するまとまりのある緑地であり、周辺が都市化するなかで、地域の生きものの避難地(レフュージア)の機能があります。なかでも、哺乳類のアズマモグラ、爬虫類のニホンカナヘビ、アオオサムシ等の地表徘徊性昆虫や、コシビロダンゴムシ等の土壌動物など移動能力が低い生きものは、周囲の個体群と交流が断たれ、古くから小石川後楽園に生息し続けてきたものと考えられます。

カナヘビの写真写真3.都内では珍しくなったカナヘビ

良好な都市環境を形成する大規模緑地
「ヒートアイランド現象や水害を抑制して都市の環境を良好にする」

樹木や水面の蒸発散作用による温度低減効果を発揮して、ヒートアイランド現象の緩和に貢献していると考えられます。また、豪雨による水害の対策の1つとして、緑地の持つ雨水浸透機能と内水氾濫抑制効果が注目されています。特に常緑樹と落葉樹の混交林は雨水浸透機能が高いといわれており、常緑落葉混交林を多く含む小石川後楽園は、高い雨水浸透機能を持っていると考えられ水害を抑制・緩和してくれています。

都市のみどりと繋がる重要な生息地
「生き物の生態系ネットワークとして機能する」

小石川後楽園は東京都心部の生態系ネットワークの中核となる皇居に近く、拠点的な緑地として鳥類や飛翔性昆虫などの多くの生きものの交流があると考えられています。また、皇居から東京大学本郷キャンパス、上野恩賜公園、小石川植物園、江戸川公園等の自然を繋ぐ緑地としても重要です。さらに、小石川後楽園は夜間利用がないので、夜間照明が少なく、夜行性の生きものにとって絶好な生息環境になっています。

地図の画像

図1.東京都心部の生態系ネットワーク

江戸時代から続く価値を説明するイメージ図図2.江戸時代から続く小石川後楽園の生物多様性の価値のイメージ
(▲クリックすると大きくなります)

2.庭園の生きもの調査から見えてきたこと

日本自然保護協会(NACS-J)は、小石川後楽園でトヨタ自動車株式会社と株式会社豊田中央研究所が環境DNA分析*と目視調査によって行う生きもの調査(年5回)の監修・協力をしました。

環境DNAは、「水や土壌などのさまざまな環境から採取される、生物由来のDNA」のことであり、生きものを傷つける捕獲などの作業をすることなく、迅速かつ安価に生息状況が把握できるため、 近年、様々な生物種のモニタリング手法として注目されています。今回のDNA調査では、園内の水と地表から複数のサンプルを採取し、水域と陸域にいる生きものの環境DNA分析を行いました。*環境DNA分析は豊田中央研究所の保有技術を活用)

分析する女性の写真写真4.環境DNAの分析作業

1)調査結果

本調査で確認された生物の分類群ごとの種数を表1に示します。DNA調査での属レベルの判別に統一し表記しました。環境DNAでは、合計49種の野生生物(魚類7種、カメ類3種、鳥類27種、哺乳類7種、甲殻類5種)の生物由来DNAが検出されました。環境DNA調査と同じ日に実施した目視調査では、合計40種の生きものが確認され、そのうち30種はDNAでも確認された種でした。DNAが検出されなかった10種は、いずれも鳥類でした(表2参照)。

分類表

表1.本調査で確認された生きものの分類群ごとの種数

次に、目視調査で確認数の多かった鳥類の種リストについては表2をご覧ください。また、目視調査と環境DNA調査における種の重複具合を図3に示します。合計37種が確認され、そのうち目視のみが10種、DNAのみが6種、双方で確認された種が21種でした。ここまでをまとめると、DNA調査と目視調査を組み合わせることでより多様な生物情報の取得に貢献できることがわかってきました。DNA調査と目視調査の併用は効果的であると考えられます。

目視調査結果一覧表1

目視調査結果一覧表2

表2.本調査で確認された鳥類一覧
(▲クリックすると大きくなります)

目視とDNA種のベン図

図3.目視と環境DNA調査の鳥類の種の重複状態

2)調査結果から得た考察

本調査で確認された生きもののうち、水中に生息する魚類、カメ類、甲殻類については、目視で確認された種はすべてDNAでも確認することができ、哺乳類は目視での確認は無く、DNAのみでの確認となりました。
水中の生きものは、水の透明度や住環境(岩陰、水底など)の影響を受け、視認性が低くなると、目視調査の難易度が高くなります。一般的には投網やタモ網などを用いた捕獲調査が広く行われており、これらの調査には多大な労力を要します。一方、哺乳類は夜行性や人前を嫌がるといった習性から、こちらも目視調査が難しく、現在では無人のトレイルカメラ調査などが主流です。目視調査が困難な生きものは、”目視が不要、環境中に残された痕跡から生きもの情報を得る”といった特徴から、環境DNAの得意とする調査対象です。

カワセミの写真写真5.水辺で魚をねらうカワセミ(撮影:トヨタの森)

3)調査結果から注目されるポイント

【水にくらす生きもの】

魚類や甲殻類は都内の水辺で見られる種がだいたい確認することができました。ウナギやモクズガニは海と川を回遊する生活史のため、神田川を通じた海とのつながりが庭園にあることの証しといえます。

イシガメ(東京都レッドリスト 絶滅危惧ⅠA類)の生息が環境DNAと目視で確認されたことは、都心の水辺の中では大変貴重な情報です。一方で、外来種のアカミミガメやアメリカザリガニが多く生息していることが目視調査でも明らかにされ、水辺の他の生きものへの影響が懸念されます。

アカミミガメの写真写真6.大泉水で多く見られるアカミミガメ(撮影:トヨタの森)

【陸にくらす生きもの】

冬鳥のツグミやジョウビタキや、猛禽類のノスリや薮を好むウグイスが冬に観察されていることは、都心のビル街のなかで、野鳥の越冬地として緑地の重要な価値があります。

ジョウビタキの写真写真7.カラスザンショウの実を食べるジョウビタキ(撮影:トヨタの森)

繁殖期でも雛を育てる時期にツミやオオタカの記録があるので、生態系ピラミッドの頂点である猛禽類の餌場になっていることや近隣の緑地等で営巣している可能性があります。

ツミの写真写真8.小さな猛禽類 ツミ(撮影:トヨタの森)

環境DNAからタヌキが稀に出没しています。以前は庭園内にタヌキの溜め糞があったようですが、今は皇居等から時々遠征してきているのかも知れず、どこの緑地のネットワークを使っているのか気になります。

エナガの写真写真9.巣材を集めるエナガ(撮影:トヨタの森)

表土の環境DNAから、アオバト(東京都レッドリスト区部では非分布)、ヤマシギ(東京都レッドリスト 絶滅危惧Ⅱ類)が検出されており、実際に渡来していたら都心では珍しい記録と思われます。

4)まとめ

本調査により、小石川後楽園は、東京湾につながる水系、そしてネットワークで繋がるまとまった緑地として様々な生きものの生息環境として維持されていることが見えてきました。環境DNA調査は、水域の生きものや哺乳類など目視調査の困難な生きものの検出に向いており、目視調査は精度の高さから鳥類調査においては欠かすことのできない手法です。したがって、目視と環境DNA調査の併用は庭園など景観を大切にする場所において特に有効と考えられます。

今回のような生きものの調査の結果から、小石川後楽園は江戸時代から続く庭園としての文化財的価値に加えて、都心に残された緑地として生物多様性の価値を合わせ持っていることが分かります。東京都内の庭園や公園で今回のような多くの分類群の生きもののDNA調査が行われたことはありません。そのため、今回の結果を他の庭園や公園と比較することはできません。

しかし、今回の調査で、カメ類のイシガメ、鳥類のアオバト(属)、ヤマシギ(属)が検出されたことは、この場所の生物多様性の豊かさを示すものとして貴重な成果です。この庭園は有料施設であり、夜間の立ち入りは禁じられ、閉鎖的に管理されてきたことにより、外来生物の持ち込み・放流などの人為的な攪乱が長期にわたって排除されてきたことが要因と考えられます。また、植生はスダジイ林やタブノキ林などの自然植生が主であるため、在来の生物相を支える環境として優れたものであることも大きな要因と考えられます。

このような調査を、今後も東京の庭園や公園で幅広く進めることができれば、ネイチャーポジティブを目指す生物多様性の時代に大きな貢献をなすことができるでしょう。

(公益財団法人日本自然保護協会 理事長 亀山 章、保護・教育部部長 大野正人)

アキアカネの写真写真10.連結飛翔して産卵をするアキアカネ(撮影:トヨタの森)

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