2025.03.19(2025.03.21 更新)
- オンライン
- 2025年1月25日
【報告】2024年度モニ1000里地調査シンポジウムを開催しました(前編)
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写真提供:中野 雅夫氏
こんにちは、日本自然保護協会インターンでインターンをしております東京大学大学院修士1年の若山です。
本日は2025年1月25日(土)に開催したモニ1000里地調査シンポジウム「身近な里山で何が起きている? 〜 18年の市民調査で分かった里地里山の危機~」@オンラインについて、当日の内容をお届けします。
同事業に関連し、年に一度、全国の調査員の皆さまや里地里山に関心のある一般の方々などの関係者が一同に会し、情報交換するイベントを開催しています。里地調査では昨年10月にこれまでの18年間の調査結果をとりまとめ、私たちにとって身近な存在であるスズメの急減など、里地里山の生物多様性に迫る危機を明らかにしました。本シンポジウムでは、今回のとりまとめでわかった里地里山の変化や、里地里山生態系の保全のために何が必要かについての講演が行われました。また、2サイトの調査員の方に、調査データを用いて適切な保全対策が行われた事例をご紹介いただきました。
当日は、全国の調査員の皆さまの他、一般の方も含め全国から約190名の方にご参加いただき、大盛況の会となりました。ご参加くださった皆さまへ、心より御礼申し上げます。
講演の概要
「モニタリングサイト1000とは?データでわかる日本の生物多様性の現状」
— 環境省生物多様性センター 雨宮 俊 科長
はじめに、環境省生物多様性センター雨宮氏よりモニタリングサイト1000事業(通称:モニ1000)の全体概要をお話いただきました。モニ1000は、2003年から開始された長期的な生態系モニタリングプロジェクトで、その特徴は、研究者・NPO・市民ボランティア・地域の専門家のご協力のもと、全国約1000か所の調査地において100年の長期に渡って定量的かつ統一手法で継続的に調査を行う点にあります。
今年度、モニ1000全体でもとりまとめ報告書が公表され、里地以外の生態系でも、身近に見られる生きものが減少傾向にあることや気候変動の影響が見られていることが紹介されました。雨宮氏は対策を講じた場合に生態系がどのように回復するのかを評価する上でも、継続的なモニタリングが有効であることを訴えました。
北海道から沖縄までこれほど多くの調査サイトがあり、それぞれのサイトで調査員の方々が毎年継続的に調査を実施されていることを思うと、その労力の大きさと尽力に深い敬意を抱きました。 このプロジェクトは、「地域の自然を知りたい」「地域の自然を守り、より良くしたい」という調査員の方々の真摯な思いによって支えられているのだと改めて実感しました。
「全国の市民調査で分かった里地里山の現状とデータを活用した保全の取り組み」
— 日本自然保護協会 藤田 卓
次に、NACS-J藤田より、昨年10月に発表した「モニタリングサイト1000里地調査2005-2022年度とりまとめ報告書」において明らかになった18年間の里地里山生態系の変化について話題提供を行いました。藤田は過去18年間の調査で、スズメやイチモンジセセリといった身近な鳥類の15%とチョウ類33%の種の記録個体数が急速に減少していること、特に農地や草原など開けた場所に生息する普通種の減少が顕著であること、その要因として気温上昇の影響が最も強かったことを報告しました。また、市民調査員による保全活動においては、調査で得られたデータの保全への活用事例が年々増加していることも報告しました。
調査対象となったサイトの65%で、普及活動や外来種対策、希少種保全といった調査データを生かした保全活動が行われており、18の事例では生物多様性の改善が確認されています。また、外部資金を活用した保全活動が草原性の種の保全に有効であった一方で、外部資金を獲得している調査団体は全体の1割未満に留まっている現状も指摘しました。藤田は里地里山の生物多様性を回復するためには市民団体が資金獲得に向けた調査員の体制構築や、保全活動を支援する外部機関の役割が重要であることを訴えました。
調査員の方々によって保全のための活動が積極的に行われている場所であっても、生物多様性の損失が進んでいるという現状には、強い危機意識を抱きました。特に普通種とされる身近な種が急速に減少していることは、人々の認識を超える速さで、日本の風土や文化を醸成してきた自然環境そのものが失われつつあることを示唆しており、単なる種の増減にとどまらない、風土・文化の喪失・変容というような深刻な影響をもたらす可能性があると感じました。
「里地里山生態系の衰退要因と回復に向けた取り組み」
— 大阪府立大学名誉教授 石井 実氏
基調講演では、昆虫とその保全を専門とされ、里地調査の検討委員も務められている、大阪府立大学名誉教授石井実氏より、日本における里地里山生態系の衰退要因と回復に向けた取り組みについて、ご講演をいただきました。里地里山とは、人が自然に働きかけ、自然から恵みを受けるという持続的な自然利用が行われてきた「二次的自然」です。里山林、農地(水田)、萱場、採草地、竹林、屋敷林など、遷移途中のモザイク状の環境が形成され、多様な生物の生息地となるとともに、日本固有種を揺籃する重要な役割を果たしてきました。しかし、近年「人と自然のかかわり」の変化により里地里山生態系は危機に直面しているようです。石井氏は、燃料革命や肥料革命に加え、牛馬飼養や茅葺屋根の衰退により、採草地や萱場、里山林が放棄されるようになったことを指摘します。
今後の里地里山の保全と活用を考える上で、石井氏は「人と自然のかかわりの再生」が鍵となると述べる一方で、生活様式が変貌した今、農家や地域コミュニティだけで維持管理を担うことは困難であり、民間団体や企業、行政、専門家など多様な主体が参画する「新たなコモンズ」の形成が求められると強調しました。一例として、三草山ゼフィルスの森の保全管理が示され、(公財)大阪みどりのトラスト協会が主体的に保全を担うだけでなく、大阪府などの行政、研究機関、地権者といった多様な主体が連携する仕組みが紹介されました。最後に、環境省の「自然共生サイト」※は、生態系の回復や創出活動も認定の対象とするなど、多様な主体を巻き込む新たな保全の形であり、今後、里地里山保全におけるゲームチェンジャーとなりうると期待を寄せました。
里地里山を育む従来の生活様式の礼賛に留まるのではなく、多様な主体による「新たなコモンズ」を形成して新しい形で里地里山の保全に取り組もうとする前向きな姿勢が強調された点が印象的でした。人口減少と都市化が進み、自然との分断が進むなかで、どのようにこれからの「人と自然のかかわり」を構築していくのか、その可能性を考えさせられるお話でした。
2030年までに陸域・海域のそれぞれ30%以上を保護地域にすることを掲げた国際目標を達成するために、「保護地域以外で民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」を国が認定する区域のこと。