2024.09.04(2024.09.06 更新)
大型陸上風力発電計画の自然環境影響レポート2024の公表
公益財団法人日本自然保護協会(理事長:土屋 俊幸、以下「NACS-J」)は、この度、2023年4月に独自発表した陸上風力発電事業解析レポートに新たにデータを加えた、大型風力発電計画による自然環境への影響を詳細に分析した最新のレポートを公表しました。
2024年、世界の平均気温が観測史上最高を更新、国内でも琉球列島でサンゴの大量白化確認など、気候変動の影響が深刻化しています。気候変動は、あらゆる生態系と人間社会に影響を及ぼす課題として世界的に対策が求められています。一方で、急増する再エネ関連事業による生物多様性への悪影響が国際的にも懸念されています。近年、国内では風力発電事業計画の件数・規模ともに増大し、各地で自然環境や住環境面で懸念の多い計画が増えています。
NACS-Jは今回、独自で、2024年6月までに計画された373件に上る陸上風力発電事業計画の環境影響評価図書(以下、「アセス図書」)を詳細に分析し、事業全体が自然環境に及ぼす影響の度合いをみる立地解析や、事業者ごとの配慮状況の比較を行いました。
その結果、アセス制度の改訂に伴う事業の変化や、事業者や各事業によって自然環境への配慮や情報公開に大きな違いがあることが判明しました。結果にもとづき、主要な事業者の自然環境への配慮状況を可視化したレーダーチャートや、個別事業ごとの環境配慮に関するランキングも作成し、特に悪影響のある事業上位10件をリストアップしました。
主な結果とポイント
- 環境アセス法対象となる開発事業件数の経年変化を解析したところ、近年最も自然環境への影響が懸念される事業は「陸上風力発電所」であった。
- 2024年6月までに計画された、373件の陸上風力発電事業の環境影響評価図書(アセス図書)を独自解析。
- 環境アセス図書の解析の結果、風力発電事業全体として、徐々に自然環境への配慮が進んでいるが、現在アセス中の2/3の計画が絶滅危惧種の猛禽類の生息地で計画されるなど、未だ十分ではない。
- さらに解析結果から、事業者ごとに自然環境面への配慮に大きな違いがあることが明確化された。
- 環境アセス図書の常時公開は約14%に留まり、本来的な環境アセスの目的である利害関係者との合意形成という面で引き続き課題がみられた。
昨今、風力発電や太陽光発電など再生可能エネルギー事業の推進により、私たちの身近な自然に開発が入る機会が増えています。事業者は自然環境への影響をどのように対応するのか?私たちはどのように関われるのか? 開発事業に伴う環境アセスについて、1から学んでみたいと思います。(会報『自然保護』2022年3-4月号特集より抜粋)…read more.
本レポートでは、まず、過去40年間に実施された環境アセス対象事業全体の、事業種別件数の経年変化に着目しました。国内でアセス環境アセスが開始した1984年以降の、全ての法アセス、閣議アセス、条例アセスの環境アセス図書「評価書」の発行年代の事業種別変化(図1上)と、環境アセス法が成立後の2000年以降の法アセス対象の事業計画について、環境アセス手続きの最初の手続きである第1種事業の「配慮書」および第2種事業の「方法書」の発行年代の事業種別変化をみました(図1下)。
図1.全アセス対象事業の評価書の発行年代の事業種別経年変化(上)と法アセス事業の配慮書・方法書の発行年代の事業種別経年変化(下)
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図1(下)から、近年、陸上風力発電所の計画が急増していることがわかります。「配慮書」「方法書」は、通常、発行年から2~5年で「評価書」の発行がされることが予想されることを加味すると、近い未来、図1(上)で示す評価書の総数を引き上げていくことは間違いありません。つまり、今現在と今後において、日本国内の自然環境に対し最も懸念が大きい事業種は、陸上風力発電所の設置事業であるといえます。
図2は、2024年6月までに計画された、373件の陸上風力発電事業の環境影響評価図書(アセス図書)を独自解析し、すでに建設が完了し風車を稼働させており自然環境に影響を与え続けている事業(以下、「稼働中」の77件)と、評価書が発行されており今後すぐに影響を与える可能性のある事業(環境アセス手続き終了し稼働前(以下、「建設中」)の44件)、そして、まだ計画場所の変更も可能であるが、今後影響を与えうる事業(環境アセス手続き中(以下、「アセス中」)252件)について、それぞれの事業地・計画地に希少鳥類の生息地(a)、自然植生および特定植物群落(b)、自然公園(c)を含むかどうかを確認し、全体事業件数に対しa~cが含んでいる事業の割合をそれぞれ見ました。
稼働中の事業に比べてアセス中の事業はより自然環境への影響に配慮していることがわかった一方で、アセス中の計画のうち67%が猛禽類の生息地を事業エリアに含むなど、未だ配慮状況が十分ではないことがわかりました。また、自然公園での計画が増加傾向にあることがわかりました。
図2.希少鳥類の生息地(a)、自然植生および特定植物群落(b)、自然公園(c)を
事業エリアに含む風力発電事業の割合
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続いて、個別の事業ごとの自然環境への配慮状況を独自に数値化しました。イヌワシ等希少鳥類の生息の有無、生物多様性重要地域(KBA:Key Biodiversity Area)、保安林の有無と面積割合、自然林の占有割合、保護林の有無、国立・国定・県立自然公園の有無、など計30項目の評価指標を設けて数値化し、「自然環境配慮指数」は全ての項目のポイントの合算になります。算出された数値をもとに、自然環境への配慮を欠いている計画上位10件を表1に示しました。10件の内、東北地方が6件、北海道が3件を占めました。
表1.全国で特に自然環境への影響の面で強い懸念のある陸上風力発電事業計画10件
※車力風力発電事業は令和6年6月28日に事業廃止届が出された。
事業者ごとの自然環境への配慮状況を視覚的に比較するため、特に計画数の多い上位10事業者について、重要鳥類の生息域(A)、生物多様性上重要な地域(B)、重要森林(C)、重要植生(D)、自然公園(E)がどの程度含まれているかについて、全体の計画に対する各事業者の事業ごと毎の偏差値を計算し、事業者の平均を算出しました(図3)。偏差値の値は高いほど配慮を欠いていることを表すため、チャートの目盛りは高い値ほど内側に向かうようにしており、各項目対して配慮に欠いている計画が多いほどチャートは小さくなり、反対に配慮している計画が多いほどチャートが大きくなります。
最もチャートが大きくなったのはHSE株式会社であり、全ての項目で平均以上の自然環境への配慮がみられた一方、コスモエコパワー株式会社と株式会社グリーンパワーインベストメントは全5項目または4項目で偏差値50を上回っており、事業者ごとに配慮の程度に違いがみられました。また、ユーラスエナジーホールディングス株式会社は重要な鳥類への配慮が著しく配慮を欠いていました。
図3.稼働中・アセス中全ての風力発電事業の事業者ごとの自然環境への配慮状況
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今後の課題と提言
1)事業者は生物多様性保全を重視した事業計画の立案をすること
今回の解析から、現在アセス中の風力発電計画は、稼働中もしくは建設中と比べて自然環境への配慮が図られている傾向にありましたが、依然として十分とは言えません。さらに、現在アセス中の計画は200件以上も存在し、現在稼働中の風力発電の3~4倍の件数になります。そのため、既に稼働している風力発電所に加えて、風力発電が大量に建設されることによる累積的な影響が強く懸念されます。また、風車の大きさが、10年前の約2倍と巨大化しており、バードストライクの可能性は高くなっています。
事業者の一部は、適切な立地場所の確保が難しくなってきていることを理由に自然環境への配慮がしにくくなっているとメディアなどで述べています。しかし、解析結果から、これまでの立地よりも、自然環境に配慮した立地での計画を試みている事業者がいることが明らかとなりました。結果として、事業者によって自然環境への配慮の程度に大きな違いが生まれ始めていることが分かりました。
真に持続可能な再生可能エネルギーの推進のために、より一層の自然環境への配慮、生物多様性保全を重視した事業計画の立案が求められます。
2)事業者は環境アセスメントの情報の公開性を高めること
環境アセスメントは、環境に著しい影響を及ぼしうる事業などの人間活動について、その影響を事前に調査・予測・評価して環境配慮をする手続きです。その手続きの過程においては、広く利害関係者との間で情報を共有し、議論にもとづく合意形成が求められます。それにもかかわらず、80%以上のアセス図書が常時公開されていない、配慮書手続きを行わない計画が急増しているなど、環境アセスメント制度を通じた事業の改善努力が蔑ろにされている状況です。
事業者は、事業をよりよい事業にするために、事業の公開性を高め、だれもが情報にアクセスできるようにし、より良い事業にする姿勢を示すべきです。
3)国は立地適正化の仕組みを整備すること
民間事業者の事業を適切に誘導するためには、国が風力発電事業の立地適正化に向けて仕組みを整備していく必要があります。
2020年の内閣府による「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」を受けて、陸上風力発電事業に関しては、環境影響評価法の対象事業規模が1万kWから5万kWに引き上げられました。これにより、自然環境面で懸念がある、陸上風力発電事業の一部が計画段階環境配慮書の手続きをスルーするなどの状況が出てきています。陸上風力発電事業の自然環境への影響は、その事業特性から、発電装置の規模よりも立地によるものが大きいことから、自然環境の特性に応じた環境アセスメント法の改正などを行う必要があります。
4)他業種の事業者や消費者は再エネによる自然環境への影響にもっと関心を持つこと
国際的に、気候変動の緩和に向け企業の果たす役割の重要性が指摘されており、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)など、脱炭素の取り組みの情報開示・透明性が企業に求められています。そのため企業は再生可能エネルギーによる電力調達を進めることが必要不可欠になりつつあります。
それに加えて、2023年にはTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)v1.0が公開され、今後企業は、自然環境に関するリスクと機会の情報開示・透明性が求められるようになってきます。他業種の企業においても、自然環境への配慮が不十分な再生可能エネルギー施設から電力を調達することは、たとえ脱炭素の取り組めていると主張しても、生物多様性への取り組みは大きく後退することとなり、企業として持続不可能という評価をされることとなります。
発電事業に関わる事業者だけでなく、社会全体として、脱炭素の取り組みを進める一方で、生態系や生物多様性に致命的な影響が及ぼしていないかを、多面的な視点から検討し、真に持続可能な脱炭素の取り組みを進める必要があります。
ご参考
公益財団法人 日本自然保護協会について
自然保護と生物多様性保全を目的に、1951年に創立された日本で最も歴史のある自然保護団体のひとつ。ダム計画が進められていた尾瀬の自然保護を皮切りに、屋久島や小笠原、白神山地などでも活動を続けて世界自然遺産登録への礎を築き、今でも日本全国で壊れそうな自然を守るための様々な活動を続けています。「自然のちからで、明日をひらく。」という活動メッセージを掲げ、人と自然がともに生き、赤ちゃんから高齢者までが美しく豊かな自然に囲まれ、笑顔で生活できる社会を目指して活動しているNGOです。山から海まで、日本全国で自然を調べ、守り、活かす活動を続けています。
http://www.nacsj.or.jp/
本リリースに関するお問合せ
日本自然保護協会 担当:若松・後藤
TEL:03-3553-4101(受付時間:10時30分~15時)
Email: press@nacsj.or.jp
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