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2022.03.04(2023.11.24 更新)

リニア中央新幹線静岡工区の現状

冠雪の赤石岳の写真

▲椹島付近から見える赤石岳

リニア中央新幹線計画は、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)が2037年を目途に完成を目指している、東京の品川と大阪を結ぶ超電導リニア鉄道計画です。2027年には品川と名古屋間が部分開業予定であり、各地で工事が進んでいます。2021年12月に、工事予定地である南アルプスの3000m級の山々に囲われた山深い大井川源流域の現状を確認してきましたので報告します。


未着工の静岡工区

南アルプスエリアでは、山梨県内の富士川水系、静岡県内の大井川水系、長野県内の天竜川水系の3つの水系を貫く全長25㎞のトンネル掘削工事が計画されています。既にトンネル出口両側の山梨県早川町と長野県大鹿村では着工していますが、その中間部の静岡工区(8.9㎞)は未着工です。トンネル工事によって、大井川の流量が減少することや、地下水位が低下することによって、自然環境や生活、産業への影響が出ることを、静岡県の各自治体や周辺住民が懸念しているためです。

静岡工区では、2カ所の非常口が設けられ、この非常口からトンネル工事による発生土が排出される予定です。非常口付近には広いヤードが設けられる予定です。現在、静岡県などの反対によりトンネル本体の工事は未着手である一方で、林道の舗装化や発生土置き場の整備、宿舎の建設などは着々と進んでいます。

リニア中央新幹線静岡工区断面図▲リニア中央新幹線静岡工区位置図と断面図

山深い工事予定地

静岡県内のリニア工事予定地は大井川源流域にあります。南アルプスの静岡県側は、3,000 mの山稜部も含めて特種東海製紙グループの十山株式会社の社有林となっています。その広さは山手線4個分にも及び、静岡でのリニア工事は全て十山株式会社の社有林内で計画されています。

十山株式会社の社有林、つまりはリニア中央新幹線工事現場の入口である沼平ゲートは、静岡の市街地から大型車のすれ違いの難しい狭いくねくねとした峠道を越えた、静岡市最奥の井川地区を抜けた先です。静岡の市街地から沼平ゲートまでは車で2時間以上かかります。この沼平ゲートの先は静岡市が許可した車両のみが通行可能な市道林道東俣線が大井川沿いに延びています。

この林道は、南アルプス南部の赤石岳や荒川岳、聖岳などへのメイン登山ルートですが、林道沿いに非常口やトンネルの発生土置き場、建設宿舎などのリニア工事関連施設が点在しており、工事関係車両が砂埃をあげながらひっきりなしに往来しています。林道終点である二軒小屋のさらに奥にある西俣ヤードまでは沼平ゲートから徒歩で9時間、車でも2時間以上もかかります。

この林道東俣線は未舗装の悪路ですが、2019年からリニア工事に向けて全面舗装化が進められており、至る所で工事をしています。林道は急峻で長大な斜面に囲まれており、大規模な崩壊地が数多く存在しています。2019年10月の台風19号、2020年7月の豪雨の際には、路肩崩落や道路そのものの流出が相次ぎ、立て続けに通行できない状況になりました。たとえ全面舗装化されても林道の維持管理は困難なことが予想されます。

大井川の河原の写真▲大井川の河床と比高差が無い林道東俣線

工事中の林道の写真▲舗装化が進む林道

登山基地から作業基地に変容した椹島

沼平ゲートから車で1時間ほどの椹島は工事関係者用の宿舎や資材置き場などがある作業基地です。既に工事事務所は完成しており、現在は工事用宿舎が建設中です。この宿舎はリニア工事終了後にはホテルとして使用されることが計画されています。荒川岳、赤石岳の登山口である椹島には椹島ロッヂという山小屋があります。12月は既に登山シーズンではないですが、環境調査や工事作業員の宿泊者でいっぱいでした。

椹島には、本線トンネルからの湧水を大井川に戻すための導水トンネルの出口が計画されています。本線トンネルは真ん中が高く、出口は低くなる構造のため、大井川に流下するはずの地下水が富士川水系や天竜川水系に流出し、大井川の流水が減少することが懸念されています。その懸念を解消するために、導水トンネルを建設して、本線トンネルの湧水を自然流下で恒久的に大井川に戻すために計画されてますが、現在は未着手な状態です。

椹島ロッヂの写真▲工事関係車両でいっぱいの椹島ロッヂ

椹島工事事務所の写真▲椹島の工事事務所

土砂災害の恐れが高い2つの発生土置き場と非常口

椹島から車でさらに30分ほど走った燕沢には、高さ70m、延長約1㎞に渡ってトンネル工事による発生土のほとんどが置かれる計画となっています。この場所は大井川沿いの数少ない平坦な地形で、カラマツの植林にウラジロモミが混交している森林です。この段丘状の地形は、数千年前に対岸の上千枚沢源頭部が大規模に深層崩壊し土石流が流下して、大井川を堰き止め、その後、川の侵食により離水した地形です。深層崩壊によって形成された燕沢の安全性について、JR東海は今後大規模崩壊が発生しても下流への影響はないとしています。しかし、上千枚沢の周辺にはいくつもの崩壊跡地が白くくっきりと確認できます。

この燕沢発生土置き場の下流には南限域にあたるドロノキの立派な河畔林がありました。しかし2019年の台風19号の際にほとんどが消滅してしまいました。ドロノキをはじめとしたヤナギ類は攪乱依存性の高い樹種です。一時的に森林が無くなっても場所を変えながら新たな裸地に定着することにより群落を維持します。逆に攪乱の頻度や強度が減少してしまい安定した立地になってしまうと、ドロノキ群落は維持が難しくなります。すぐ上流に巨大な構造物が作られるということは、大井川の流れや攪乱体制が変わり、ドロノキ群落の維持が厳しくなることが懸念されます。

予定されている発生土置き場のイメージ(高さ70m)▲燕沢発生土置き場。発生土が積まれる高さ70mというのは20階建てマンションにも相当する

燕沢発生土置き場の写真▲準備が進む燕沢発生土置き場

森林風景の写真▲燕沢発生土置き場の林相

また燕沢以外の主な発生土置き場として、椹島下流の藤島沢という場所があります。この場所にはヒ素など自然由来の基準値を超えた重金属を含んだ発生土が置かれる計画です。JR東海は大井川から比高20mの段丘上にあり、二重の遮水シートで覆うため100年に1度の災害へ対応可能としています。しかし、周囲には崩壊地が多く、大井川の侵食も激しいことから、有害な発生土が下流域に流出することが懸念されます。

燕沢のすぐ上流に一つ目の非常口の千石非常口が予定されています。現在はフェンスに囲われた状態ですが、付近にはコンクリートプラントが完成しておりいつでも工事開始可能な状態です。

高台から見た藤島沢発生土置き場の写真▲藤島沢発生土置き場

千石ヤードの写真▲千石ヤードとフェンスの写真

もう一つの非常口は燕沢から車で10分の二軒小屋からさらに道も細くなった悪路を20分ほど進んだ先の西俣非常口です。この西俣非常口までは静岡市街地から車で5時間近くかかります。工事の際の事故やリニア運行時に乗客が避難した場合、救助には相当の時間を要する場所です。西俣非常口付近は広く資材置き場として整地されていますが、2019年の台風19号の際に地盤が流出してしまいました。その後、再整地をしてヤードとして準備がされています。対岸には大きな崩壊地があり、現場にいる間にも土砂が土煙をあげながら落ちていました。

川沿い林道の写真▲西俣非常口への林道

整地された西俣ヤードの写真▲広く整地された西俣ヤード

崩落の跡が見える写真▲西俣ヤード対岸の崩壊

リニア工事の静岡工区の現状

トンネル本体工事は未着手である一方で、林道の舗装化や発生土置き場の整備、宿舎の建設などは着々と進んでいます。大井川の谷間には工事の音や資材を運ぶヘリコプターの音が鳴り響き、土煙が舞っています。大井川源流域は古くから林業が行われていたとは言え、南アルプスに育まれてきた豊かな自然環境への工事による影響が懸念されます。また大井川源流域は登山者の憧れである南アルプス南部の玄関口ですが、リニア工事に向けてその様子は大きく変容しています。今後、工事の影響について十分に注視していきます。

(NACS-J 保護部 若松伸彦)

この事業は、2021年度 日本自然保護協会・牧田基金により実施いたしました。

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