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Home リニア中央新幹線問題 解説記事 リニア中央新幹線工事の現状

2020.06.25(2020.06.26 更新)

リニア中央新幹線工事の現状

2027年先行開業区間(駅名は仮称)

▲図:リニア中央新幹線計画ルート(品川―名古屋間)

2037年の全線開通を目指し、既に工事が開始されているリニア中央新幹線。

工事の進捗状況も地域の事情も、場所によって大きく異なります。南アルプスエリアの静岡・長野・山梨の現状をご報告します。

若松 伸彦(NACS-J保護部)


これまでの経緯

リニア中央新幹線計画は、品川と名古屋、大阪とを結ぶ高速鉄道計画です。品川・名古屋間の開業は2027年、大阪までの全線開業は2045年を予定していましたが、JR東海は財政投融資を活用した長期借入により、名古屋開業後速やかに大阪への工事に着手して、最大8年前倒しの2037年に全線開通を目指しています。

この財政投融資は、国がJR東海に無担保で3兆円を金利平均0.8%という超低金利で貸すもので、元本返済も30年間猶予しています。工事は自然環境への影響が広範囲に及ぶ近年まれにみる巨大開発行為であるため、環境影響評価書への環境大臣意見でも、工事によって相当な環境負荷が生じることが懸念されています。

リニア中央新幹線計画区間の中でも、特に南アルプスエリアは山岳地帯を長いトンネルで貫き、工事に伴って発生する大量の発生土を山間部の谷沿いに仮置きすることが計画されています。南アルプスは山梨県、長野県、静岡県の3県に跨る3000m級の山々が連なる日本有数の山岳地帯です。固有種を含む高山植物群落、オオバヤナギやドロノキなどによる貴重な渓畔林、世界分布南限に生息するライチョウなど、貴重な自然環境を有しています。

南アルプスエリアのうち静岡工区は未着工ですが、山梨県の早川町では2015年12月に、長野県の大鹿村では2016年11月にそれぞれ起工式が行われ、既に工事が始まっています。

地下水の流入が大幅に減少する大井川源流を有する静岡工区

静岡工区は、JR東海と静岡県をはじめ周辺自治体との間で工事の同意に至っていません。トンネル工事によって、これまで大井川に流入していた大量の地下水が他の流域へと流出し、大井川の流量が大幅に減少することで大井川流域の生活・産業面への影響が懸念されていますが、JR東海は周辺自治体に対して懸念を払拭する説明ができていません。

今年度から国土交通省はJR東海と周辺自治体の対立を解消するために新たに有識者会議を設置しました。5月15日の2回目の有識者会議席上で、座長は「JR東海は正当性を主張するがために、非常に狭い議論に陥りがち。トンネルだけの問題ではなくて周囲にいろいろな形で影響してくることを考えないとトンネル事業の本当の重要性が浮かび上がらない。」と指摘し、JR東海のこれまでの対応を批判しました。

自然環境の面でも問題があります。トンネル工事の発生土約370万㎥を大井川本流と燕沢の合流地点に、最大約70mの高さで置く計画ですが、この計画地は日本有数のヤナギ類の河畔林が広がるエリアとなっており影響が懸念されています。またこの計画地直上の千枚岳(2879m)はこれまでに何度も大規模な崩壊を繰り返しています。再び深層崩壊が起きた場合、土石流や岩屑なだれが置いてあった発生土を巻き込んで大井川本流に達し、大規模な土砂ダムができてしまう恐れも指摘されており、防災面の懸念もあります。

このように、静岡工区では生活環境面、自然環境面、防災面で大きな懸念があり着工に至っていません。

住民間の分断が生じた長野工区[大鹿村]

一方で、長野工区と山梨工区では既にトンネル工事が進行しています。長野工区の大鹿村では2017年7月に本格的なトンネル工事に着手しており、現在工事に伴う大量の発生土の仮置き場が不足しています。

そのため、村内で仮置き場を確保するために戸別交渉が行われており、要請を受け入れたか否かによっての住民間の分断が生じています。仮置き場は集落の隣接地を中心に、村内の至る所にあり、川の近くの急傾斜地などにも存在することから、防災面でも非常に危険な状態になっています。

地下水発生土を道路建設に活用する山梨工区[早川町]

山梨工区の早川町はリニア中央新幹線工事全区間の中でも、2015年にいち早く起工式が行われ、翌年10月に本格的な工事が開始されました。

昨年12月、早川町内のリニア工事の現状把握を行うため、早川町の職員の方に案内していただきました。早川町ではトンネル工事による発生土が、既に河川整備事業や道路の建設事業用地などに活用されています。また今後、発生土を活用して山向こうの南アルプス市芦安地区への県道建設が計画されています。早川町は、数年前の大雪の際に町全体が陸の孤島となった経験から、町内道路の貫通が町民にとっての悲願となっており、リニア事業に伴う道路改良、道路建設への期待は大きいようです。

早川町でも大鹿村同様に、活用先の決まっていない発生土の仮置き場が多く存在します。しかし、この仮置き場は住空間に影響が少ない集落の外れなど、大鹿村に比べると住空間への影響は限定的な場所にまとまって設定されています。

早川町では、地元にとって必要とされている事業へ発生土が再利用されていることもあり、現段階では反発も少ないと考えられます。一方で、発生土を活用した道路の予定地は小さな扇状地の末端となっています。近年の巨大化した台風などの大雨により、盛土が小さな扇状地上流からの土石流などとともに流出し、早川本流を堰き止め、下流部に被害をもたらす懸念があり、今後の災害発生状況の注視が必要です。また新たな道路建設によるトンネル工事が進捗した場合、活用見込みのない発生土が増加する可能性もあります。

▲早川町内にはリニア中央新幹線の南アルプストンネル部分の2カ所の「非常口」が設けられる。工事はこの非常口の斜坑をまず掘り進め、その後に将来リニアが走る本線が掘削される予定となっている。

アフターコロナの社会とリニア

新型コロナの流行により、これまで当たり前であった通勤、遠方への出張が見直され、国内外の旅行が皆無になったことで、人々の往来が激減しました。今後の人口減少社会や、人の移動に対する価値観の急速な変容などの可能性を踏まえれば、日本の貴重な自然環境や地域社会の大きな犠牲を払って、リニア中央新幹線を作る価値があるか、今一度立ち止まって見直す場面にあるかもしれません。

NACS-Jは、現地の視察、環境影響評価に対する意見の提出、事業認可の撤回を求める声明の発表などを行ってきました。今後の状況を注視していきます。

 

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