2024.11.06(2024.11.06 更新)
企業・経済は「ネイチャーポジティブ」でどう変わる?
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図1:生物多様性の損失を減らし、回復させる行動の内訳(「地球規模生物多様性概況第5版」より)
生物多様性世界枠組みの合意や、それに合わせた生物多様性国家戦略が2023年3月に策定され、企業を巡る動向が加速しています。「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を中心にその動きを紹介しましょう。
道家哲平(NACS-J保護・教育部/IUCN-J事務局長)
今年3月29日、環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が策定されました。24ページの簡潔な文章と、112ページにわたる充実した参考資料が公開されています。
また、前年には自民党の環境・温暖化対策調査会から、当時の岸田政権に出された政策提言においても、この戦略の策定が要請されており、与党も注視している戦略です。
【ポイント1】“移行”戦略
戦略というのは、中長期的なあるべき姿を描いて関係者が共に向く方向性や行動を示すものと言えますが、“移行戦略”は、その次の「あるべき姿に向けてどう変化するか、変化を促すか」という点に焦点を当てた文章です。
何度も改定された過去の生物多様性国家戦略においても、自然と経済の結び付きは描かれていましたが、日本や世界の危機的状況を止めるに至っていません。今回の移行戦略を検討する研究会のメンバーには、学識有識者や業界団体、変化を担う当事者の企業、金融機関などが加わりました。まとめられた戦略には、移行のために企業が抑えるべき要素が描かれています(図2)。
ネイチャーポジティブ経営への移行に当たって企業が押えるべき要素
まずは足元の
負荷の低減を
自然資本への負荷の回避・低減を検討した上で、自然資本にポジティブな影響を与える取組を検討(ミティゲーション・ヒエラルキー)
総体的な負荷削減
に向けた一歩ずつ
の取組も奨励
総体的な把握・削減を目指す。同時に自然資本との関係を踏まえつつ、事業の一部分から着手することも奨励
損失のスピードダウン
の取組にも価値
負荷の最小化と貢献の最大化を同時に図ることで、自然資本の回復力も含めたネイチャーポジティブを実現
消費者ニーズの創出・充足
消費者ニーズを適切に把握するとともに創出し、ネイチャーポジティブに資する製品・サービスを市場に提供
地域価値の向上にも貢献
ネイチャーポジティブ経営が地域の生物多様性保全と地域課題の解決に寄与
図2:ネイチャーポジティブ経営への移行に当たって企業が抑えるべき要素。
「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」概要より
移行後の絵姿[2030年]
~自然資本に立脚した、GDP を超えた豊かな社会の礎に~
大企業の5割※は
ネイチャーポジティブ経営に
※取締役会や経営会議で生物多様性に関する報告や決定がある企業会員の割合(環境省推計)。現状 30%(2022 年度、経団連アンケート調査より)。
ネイチャーポジティブ宣言※の
団体数を1,000団体に
※2030 生物多様性枠組実現日本会議が呼びかけ中。中小企業、自治体、NGO 団体含め宣言が発出されることで、取組機運の維持、市場確保に繋がる。
図3:2030年に達成されている状態。 「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」概要より
【ポイント2】ネイチャーポジティブ経営とは
移行戦略では、生物多様性やそれが生み出す自然の恵みの危機的状況と、その危機が及ぼす企業・金融へのリスクを紹介しています。その上で、自社の価値創造プロセスに自然の保全の概念を重要課題(マテリアリティ)として位置付ける経営を「ネイチャーポジティブ経営」と呼んでいます。これはすなわち企業価値のど真ん中で自然の危機や保全の必要性を捉えた企業運営を進めていくということです。
【ポイント3】移行が生み出すビジネス機会と支援
移行戦略では、移行には世界全体で368兆円の投資が必要だが、1372兆円のビジネス機会が生まれることや、日本レベルでの試算では、47兆円の機会が生まれると推計されていることなどが紹介されています。
持続可能で、ネイチャーポジティブに寄与する社会に向けた行政の支援として、「企業が抱えるリスクや機会の普及・特定」「機会創出」「開示等による資金の呼び込み」「国際枠組みへの参加も含む基盤整備」などについて、策定主体の4省庁が今後取り組む施策が列挙されています。
移行戦略の特徴と課題
このような移行戦略の策定プロセスにIUCN-J事務局長の立場から関わった視点で評価をします。研究会で、私からは「現場の自然が、目に見える形(面積や質)で良い状態に進むかを考えながら作ること」「自然の劣化の危機的状況を伝えること」「現在の自然環境対策をそのまま続けるだけでなく、新規の活動や規模を上げた活動を行う必要性」などを訴えました。
その視点から見ると、ネイチャーポジティブ経営の要素には「まず足元から」「一歩ずつ」などと書いてあり、“意識のハードルを下げ、多くの企業を巻き込もう”という点を重視しています。そのアプローチも十分に理解できますが、自然の劣化速度や、その対策として企業と生物多様性を巡る世界の政策動向は急速に動いており、この移行戦略の範囲内で対応を考えていれば大丈夫と安心できる状況ではありません。
例えば、Nature Action100(NA100)という200以上の機関投資家(運用資産総額28兆米ドル)のグループは、自然への依存度が高い、または影響が大きい大企業について8業種100社を昨年公開しました(図4)。
Nature Action100に挙げられた「自然への依存度が高い、または影響が大きい大企業」リスト
日本企業
味の素、伊藤忠、丸紅、三井物産、王子ホールディングス
海外の有名企業
アマゾン、アリババグループ、マクドナルド、ファイザーなど
図4:時価総額が高く、自然への影響が大きい企業を、自然損失を逆転させる上で重要とみなし、8業種から100社選出。8業種は、「バイオテクノロジーと医薬品」「農薬を含む化学」「家庭用品および個人用品」「Eコマースを含む消費財小売」「食品(肉・乳製品メーカーや加工食品メーカー)」「食品・飲料小売」「林業・製紙業」「金属・鉱業」
「Nature Action100」より
これに賛同する投資家たちが、名の挙がった企業に対し、経営における自然との関わりについて、集団で集中的に問い合わせるなどの活動を展開しています。また今年4月、NA100は、企業の自然に対する野心と行動を評価する基準(ベンチマーク指標)を発表しました。そこでは、「取締役が企業の自然に関する戦略を監督するのに十分な専門知識を有している証拠を公表しているかどうか」「自然に関する目標達成度に応じて報酬が変わる役員や上級スタッフがいるか」など、経営層レベルでの変化を求めています。
今後、NGOはネイチャーポジティブ経営を行う企業の拡大を働きかける必要があります。サプライチェーンや立地する工場に関係する自然の面積や質の向上に取り組もうとしているか、経営トップのレベルで本気で取り組んでいるかなどの視点を持ち、企業との協働を提案していくことなどが大切と言えます。
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