2024.08.30(2024.09.06 更新)
私たちの食卓と、農地の生物多様性保全の未来を決める法律「食料・農業・農村基本法」改正後どうなる?
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▲図:食料・農業・農村基本法の「基本理念」の改正前後の比較 赤字は改訂部分を表す(農林水産省の資料を参考にNACS-J作図)
農政の憲法といわれる「食料・農業・農村基本法」の改正が2024年5月29日の参議院本会議で成立しました。25年ぶりの改正です。今回の法改正について、持続可能な農業の実現、生物多様性の視点からみた成果と、今後何が変わるのか、私たちに何ができるのかをまとめました。
藤田 卓(NACS-J生物多様性保全部)
基本法改正の3つポイント
1.「環境との調和」が基本理念に追加
今回の法改正によって、「環境と調和のとれた食料システムの確立」が基本理念(第3条※1)に追加され、環境政策が施策の柱として明記されました(図)。改正前は、類似した基本理念として、多面的機能の発揮があったものの、施策の実施方針に関する条文がなく、環境政策としての位置付けも曖昧なままという課題がありました。今回の改正で、基本理念と施策の実施方針に関する条文※2が追加され、「環境との調和」を推進することが明記されたことは大きな前進といえます。
2.「環境への負荷」の低減を農政全般にわたって実施
食料生産・流通・消費の各段階において、環境の負荷があることを認め(第3条)、その環境負荷低減を目指すことが、本法の主要な条文※3に追加され、持続可能な農業への転換にとって重要な一歩となりました。一方で、本法で対処すべき「環境の負荷」の具体的な内容が条文には記載されていない課題があったため、NACS-Jは「生物多様性の低下等」を条文に明記するよう提言してきました。その結果、今国会の参議院審議の国会質疑・答弁で、この「環境の負荷」の具体的な内容に「生物多様性の低下」が含まれることが確認されました。条文に明記されなかったものの、農政全般にわたって、生物多様性が低下しないよう配慮していくことが国会において確認されたことは重要なポイントです。
3.付帯決議に「生物多様性の保全」が明記
本法の参議院の付帯決議※4の中に、「生物多様性の保全」が入りました。これは、国の農政全体の運用の際の留意事項として、生物多様性保全を実施することを明示し、条文に「生物多様性保全」が記載されていない問題を補完するものとなりました。
※1 改正基本法 第3条:食料システムについては、食料の供給の各段階において環境に負荷を与える側面があることに鑑み、その負荷の低減が図られることにより、環境との調和が図られなければならない
※2 第32条 ※3 第4,5,14,20,32,53条 ※4 付帯決議(参議院)11
2027年までの改革が重要
今回の改正は、持続可能な農業の実現、農地の生物多様性保全にとって大きな転換となりました。一方で追加された「環境との調和」を実現するためには、個別の法制度の改革が必要となります。これらの改革は2027年までの3年間に集中しており、今後「環境との調和」が実現するのかを注視していかなくてはなりません。
食料・農業・農村基本計画の改定
食料・農業・農村基本計画は、基本法に基づき、政府が中長期的に取り組むべき方針を定め、概ね5年ごとに改訂する最も重要な行政計画です。今年9月から計画策定の専門委員会が開始され、来年3月には決定する予定です。
この新しい計画において、重要なポイントは、法改正によって、「環境との調和」、特に生物多様性保全が達成されたのかを検証するための生物多様性指標を設定し、施策の見直しに反映させる、PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルの確立を計画に追加することです。
さらにこれらを実現するために、欧米のように全国レベルの農地の生物多様性をモニタリングする体制の整備を、基本計画に追記する必要があります。
環境直接支払など公的支援の拡充を
EU各国では、既に「環境保全を目的とした支払」の予算額は日本の17・8~40倍(2020年時点)に達し、持続可能な農業を強力に推進しています。日本の環境直接支払交付金はEU各国と比べて圧倒的に少ないという課題があり、NACS-Jは、これらの予算の大幅増額を提案し、今回の法改正の国会審議のテーマの一つとなったものの、十分な反映には至りませんでした。その一方で、農林水産省は、2027年までに新たな環境直接支払制度の創設、環境負荷低減の取り組みを補助事業の要件とする「クロスコンプライアンス」を農林水産省の全事業に適用するなど、具体的な施策の検討が始まっています。
私たちの食卓を支える農政に関心を
私たちの食卓を支える農業が生物多様性を活かした持続可能な形に転換できるのか? 今後3年が正念場となります。環境保全に貢献する農業は従来の農業に比べてコストがかかるなどの課題を、国民全体で理解し、協力・支援することが重要です。ぜひ、皆さんも今後予定されている法制度の改定に関心を持ち、身近な人と話したり、情報発信したりしてください。そして、意見交換会・パブコメなどの機会には意見を提示していきましょう。
農地の生物多様性を活かし、持続可能な食料生産を実現するポイント
▲生物多様性・気候変動・食料生産のトレードオフを調整する。例えば、気候変動対策にもなる、田植え後に水を抜く「中干し」はオタマジャクシや魚、水生昆虫が干からびるため、逃げ場となる水域を設置するなどの対策も同時に実施する
▲農地の生物データを蓄積して、活かす。生きもの調査は農地の生物多様性を知るだけでなく、地域住民が食料生産以外の機能に気付くきっかけ、生物データに基づく農業政策の見直しに貢献。全国の生物データを収集・評価する体制が不十分なことが課題
▲クモ類など在来の天敵生物が害虫を抑制する機能を活かす。生物多様性の恵みであり、農薬に依存しない持続可能な農業にも貢献
▲昆虫の送粉サービスを活かす。農作物の花粉媒介の多くはハチやハナアブなど野生種であり、これらの送粉サービスは日本の農業産出額(約5兆7,000億円)の8.3%に相当する(小沼、大久保2016)
参考:NACS-J含む「環境と農業を考える会」の提言
https://what-we-do.nacsj.or.jp/2024/04/20317/