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2024.07.01(2024.07.02 更新)

NPOの参加が農地の生態系保全活動を促進していたことが明らかに  -多面的機能支払交付金の全国データを用いた分析から-

専門度:専門度5

酒づくりオーナー田植えの画像

棚田の田植えの様子(撮影:牛村展子氏)

テーマ:生息環境保全自然環境調査里山の保全農業

日本自然保護協会(NACS-J)を含む研究チームは、農林水産省が管轄している「多面的機能支払交付金※1」に基づく、2019年度の全国約2万6千組織のデータを用いて、生態系保全活動を実施した活動組織の特徴を解析し、その研究成果が、2024年4月25日「農村計画学会論文集」に掲載されました。

解析の結果、非農業者が参加する組織ほど生態系保全活動が実施されやすく,特にNPOの参加が重要であることが示唆されました。さらに、生態系保全活動を増やすためには、農水省所管の多面的機能支払交付金※1に基づく都道府県独自の制度(専門家派遣の仕組み、活動の義務化など)が有効である可能性がみえてきました。ここでは研究成果を詳しく解説します。

農地における生物多様性の損失が続くなか、生物多様性を活かした持続可能な農業のあり方への転換が求められています。そうした中、「多面的機能支払交付金」は既存制度のなかで予算規模からも最も効果を発揮しうる制度の1つですが、現状では生態系保全活動の実施率は全体の4%と非常に限られています。今年度予定されている本交付金の施策の評価・見直し、次期5か年の施策への反映において、本研究の結果を受け、NPO等の参加を促す仕組みづくりを進め、生態系保全活動を促進していく必要があると考えます。

日本自然保護協会 生物多様性保全部
藤田 卓

いきもの調査の様子(小山市)多面的機能支払交付金に基づくいきもの調査の様子


【本研究成果のポイント】

  • 日本の農地における生態系保全活動を推進するために、自治会など非農家を含む多様な主体との連携、特にNPOなど専門家との連携が重要であることが明らかとなった。同様の傾向があることは海外の研究例から指摘されてきたが、国内において、全国約2万6千組織の大規模データに基づき、検証した初めての研究事例となった。
  • 「多面的機能支払交付金」に基づく、生態系保全活動を推進するために、専門家を紹介・派遣する制度や、生態系保全活動を含む活動の義務化など、都道府県が独自に設定する要件が有効である可能性が示唆された。

本研究のポイント

1.生態系保全活動を実施した組織は非常に少ない

「多面的機能支払交付金報告書2019年度」の全国約2万6千組織のデータ(農林水産省提供)を用いて、農地の生態系保全活動の実施状況と、活動組織の属性(農家、自治会、NPO等の参加の有無)の関係を解析した。その結果、本交付金に基づく生態系保全活動を実施した組織は全体の4%(1012組織)と非常に少なかった(表1)。

2.農地における生態系保全活動を推進するために,専門家との連携が重要

生態系保全活動は、自治会,学校PTA,NPO等の非農業者が参加する組織ほど実施されやすい傾向があった(表1)。また、生態系保全活動を含む多くの活動項目において、NPOの参加が最も重要であり(NPOの偏回帰係数が最も大きい)、これらの活動項目の多くが農家だけでは実施しにくい専門性が高い活動と考えられる※3ことから、NPOは生態系保全を含む活動に対して、専門知識を活動組織にもたらすキーパーソンであると考えられた。農地における生態系保全活動を推進するために,専門家との連携が重要であることが、海外の研究例から多数指摘されており1、本研究は、全国約2万6千組織の大規模データに基づき同様の傾向があることを検証した国内初の研究事例となった。また、自治会や学校PTAなどの非農家団体は「保全の手法を学びながら,実際の活動を担う者」という役割があると考えられ,これら多様な主体の参加が生態系保全などの活動を支えていると考えられた。

表1.各活動項目の実施組織数及び、組織の特性(団体の参加の有無のみ)が多面的機能支払交付金の各活動項目の実施に与える影響

各活動項目の実施組織数及び、組織の特性を示した表の画像▲クリックすると拡大します

  • この表は,「生態系保全活動」から「広報活動」までの25個の活動項目(#1の従属変数)ごとに,個別にロジットモデルに基づく解析を行った結果を一覧表にしたものである。
  • 表内の各説明変数(#2の欄)の数値は、StepAICを用いたモデル選択で採用された偏回帰係数を表し,*は偏回帰係数が0と有意に異なることを表し(p>0.05)、-はモデル選択で採用されなかったことを表す。灰色の網掛の数値は、各活動項目内で偏回帰係数の数値が最も大きい(=効果が大きい)説明変数を表す。なお、各属性の構成員の人数/団体数が1以上を参加有に,0を参加無に変換し,ダミー変数として参加有に1,参加無に0を定義した。

注)広域活動組織(N=947;旧市町村単位等の広域エリアにおいて複数の活動組織が共同して活動を行い,交付金を受給している組織)は除外した、各道府県作成の多面的機能支払交付金報告書2019年度のデータ(総計25,869件)に基づく。

3.都道府県が独自に設定する本交付金の要件(アドバイザー制度、活動の義務化)も重要

生態系保全活動の実施率が高い上位3都道府県は,滋賀県,神奈川県,栃木県であった。このうち,栃木県および滋賀県は,生物調査や外来種駆除などの生態系保全活動の実施義務という県独自の基準を設けていたことや,栃木県では専門家を各活動組織へ紹介・派遣するアドバイザー制度を設けていたことが,生態系保全活動の実施率を高めたと考えられる。このように「多面的機能支払交付金」に基づく、生態系保全活動を推進するために、都道府県が独自に設定する要件が有効である可能性が示唆された。

4.今後に向けて

日本の農地生態系における生物多様性は,半世紀以上損失が続いていると指摘されている2。花粉を媒介する昆虫、土壌を作る生物や、在来の天敵生物など、持続可能な農業の基盤となる、生態系サービスが低下している可能性がある。持続可能な農業への転換を目指して、2021年に「みどりの食料システム戦略」が制定され、2024年通常国会において、農政の憲法とされる「食料・農業・農村基本法」の改正により、「環境との調和」が基本理念に追加され、付帯決議の中に「生物多様性の保全」が明記される等、今まさに生物多様性を活かした農業への転換が求められている6

さらには、生物多様性の損失は世界的にも今後10年で最も悪化するリスクの一つとされている7。2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において,2030年までの新たな世界目標として,「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急行動をとる」とする昆明・モントリオール生物多様性枠組が採択され,各国はじめあらゆるセクターが生物多様性保全を図るため取組みを強化していくことが求められている。

農地の生物多様性保全のための仕組みとして、「多面的機能支払交付金」は予算規模からも既存制度のなかで最も効果を発揮しうる制度の1つ※1であるものの、現状では生態系保全活動の実施率は4%と非常に少なく、これらを拡大していくことが今後の課題である。本研究の結果から,多面的機能支払交付金において生態系保全活動を促進するためには、NPO等の団体の参加が有効であると示された。本交付金の見直しの際には、NPO等の団体に参加を促す仕組みづくりとして、NPO等団体を構成員に加えた場合に交付金を加算する,専門家を紹介・派遣する制度の設置,生態系保全を含む活動項目の義務化などの対策を実施し、生態系保全活動を促進していく必要がある。

補足情報

※1:多面的機能支払交付金とは
農業や農村の有する多面的機能(自然環境保全、文化伝承等)の発揮のための地域の共同活動を支援することが主たる目的とした農林水産省所管の交付金で、予算規模は年間487億円あり3,全国の農地の56%が参加している4。多面的機能発揮として、生物多様性保全にも取り組むことができる。農地の生物多様性保全を直接的な目的とする交付金には、環境保全型農業直接支払交付金#※2があるものの、予算や実施面積が非常に少なく(参加面積は8.2万ヘクタールと,全国の耕地面積の1.9%5に相当し)効果は限定的であるため、予算規模が大きく、多数の農地が対象となっている多面的機能交付金において、生物多様性保全を促進することが重要である。
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kanri/tamen_siharai.html

※2:環境保全型農業直接支払交付金とは
化学肥料・化学合成農薬を5割以上低減する取組にあわせて、地球温暖化防止や、生物多様性保全に効果の高い農業活動をおこなっている組織・団体へ給付される農林水産省所管の交付金。https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/index.html

※3:農林水産省が実施したアンケート調査では,景観形成・生活環境保全以外(生態系保全を含む)の活動に取り組みにくい理由として,「専門的技術が必要で,どのような取り組みをすればよいかわかりにくい」という回答が,市町村では86%,対象組織では68%と最も多くなっている8)

発表論文(研究論文のダウンロード)

藤田卓, 篠田悠心, 西澤栄一郎, 黒川哲治, 市田知子, & 矢部光保. (2024). 農地における生物多様性保全に取り組む活動組織の特徴. 農村計画学会論文集, 4(1), 57–66.

引用文献

1:Kleijn, D. and Sutherland, W. J. (2003):How effective are European agri-environment schemes in conserving and promoting biodiversity? Journal of Applied Ecology, 40(6), 947-969.

2:環境省 生物多様性及び生態系サービスの総合評価に関する検討会(2021)(参照2023.1.16):生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021 https://www.env.go.jp/press/files/jp/115844.pdf

3:農林水産省(2022):「令和3年度多面的機能支払交付金の取組状況に係る分析結果について」令和4年度第1回多面的機能支払交付金第三者委員会資料, https://www.maff.go.jp/j/nousin/kanri/tamen_siharai/n_sansya/attach/pdf/r4_1kai-17.pdf

4:農林水産省(2022):令和3年度 環境保全型農業直接支払交付金の実施状況, https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/kakyou_chokubarai/other/r3jisshi.html

5:農林水産省(2019):農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律の点検・検証結果 https://www.maff.go.jp/j/nousin/tamen5/tameniinkai/attach/pdf/index-2.pdf

6:藤田卓(2024) 25年ぶりに改正された農政の憲法「食料・農業・農村基本法」に生物多様性の保全が付帯決議として追加 https://www.nacsj.or.jp/2024/05/40685/

7:the World Economic Forum (2024) The Global Risks Report 2024 19th Edition

8:農林水産省(2022)「令和3年度多面的機能支払交付金の効果等に関するアンケート結果について」令和3年度第2回多面的機能支払交付金第三者委員会資料 https://www.maff.go.jp/j/nousin/kanri/tamen_siharai/n_sansya/attach/pdf/r3_2kai-11.pdf

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