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2023.12.27(2023.12.27 更新)

生物多様性に配慮した農業への転換が進むイギリスの先進事例を視察

調査報告

専門度:専門度3

テーマ:農業

フィールド:里山農地

保護・教育部の道家と、生物多様性保全部の藤田です。

日本自然保護協会は、モニタリングサイト1000(環境省事業)において、里地調査の事務局を担当しています。長年にわたる市民調査の結果、2015年以降、日本において、スズメやヒバリ、ホオジロなど農地や里山の身近な鳥類の個体数が、絶滅危惧種の判定基準に該当するほど急速に減少していることが明らかになりました

Effects of human depopulation and warming climate on bird populations in Japan

この間、農地や里山の生物多様性の劣化を防止するための解決の鍵として、日本の農業政策の中の環境保全対策が重要と考え、国内外の動向に注目しています。2023年9月上旬、農業環境支払の研究者とともに、英国における環境農業政策とNGOの役割について、法政大学の西澤先生を中心とする研究チームとともに、道家、藤田も視察に行きました。

その結果、市民調査による生物多様性の現状評価、政策提言、農家との対話など、NGOが大きな役割を果たしていることを実感しました。その調査報告をご紹介します。

Key message

  • 「公的資金は、公共財へ」。環境保全を組み込む「持続可能な農業」へと大きく移行する欧州・英国農業政策
  • 「市民調査による生物多様性の現状評価、政策提言、農家との対話など、「移行」を支えるNGOの大きな役割
  • NGOの変革と連携も。合言葉は「もっと、おおきく、よりよく、つなぐ」

世界の農業政策 「農業環境政策の重視」へと移行する欧州

今回の調査には、国際自然保護連合(IUCN)日本委員会事務局長でもある道家が、IUCN英国委員会理事のクリス・マホン氏に協力を依頼することから始まりました。クリス氏の協力を得て、5日間という短い時間にもかかわらず、IUCNによる世界の農業政策への働きかけに関して、EU、英国、4つのカントリー(スコットランド、ウェールズ、イングランド)とグローバルから地域までの政策について9名の専門家へのヒアリングと、英国の農業政策が良く分かる現地5ヶ所(つまり、毎日!)訪問してきました。

まず、欧州・英国共に、農家への直接所得補償のための支払いを、より環境配慮を条件とした支払いに切り替える「大移行期」にあることが分かりました。

きっかけの1つは、環境配慮型の農業に税金を投じているにも関わらず、農地性の鳥類の個体数が減少しているという事実です。欧州は市民の政策提言の力も強く、EU予算の6割近くも占める農業政策により、自然環境が損なわれることはおかしいとの声が上がり政策の見直しが行われています。

農地性鳥類の減少を示したグラフ▲欧州環境庁報告書(2009)より。モニ1000調査で判明したのと同じような農地性鳥類の減少が起きている

一方で、「自然環境ばかりを重視しないで、食料安全保障として生産性や経済状況を考えて欲しい」との農業団体の声もあり、2023年のEU自然再生法を巡って議会が真っ二つになるなど、移行への不満も生まれています。

EUを脱退した英国でも農業政策は非常に大きなウェイトを占める中で、土壌の豊かさに着目し、自然環境保全も同時に満たす食料システムへと政策転換の試行が始まっていることが、専門家ヒアリングで明らかになってきました。

市民調査による生物多様性の現状評価、政策提言、農家との対話など、「移行」を支えるNGOの大きな役割

5か所の現地視察で分かったことは、この環境保全型の農業への移行を、環境NGOが様々な手を尽くして支える大きな役割を持っていることでした。

例えば、王立鳥類保護協会は、「ホープファーム(希望の農地)」という181haの農場を所有しながら、環境配慮型農業の実践と政策提言、気候変動適応を考えたこれからの農法の模索、農家への情報発信や視察研修の受け入れを行っています。

2種の穀物だけを植えるイギリス・ケンブリッジの郊外にあるホープファームでは、アブラナ・オーツ麦・豆類など多様な作物の植え付けや、害虫対策のためのカバークロップの研究、夏季の強い日差し、冬季の冷風を緩和するために畑内に草地と植樹を施す実験などをしています。

視察風景▲「畑の林縁に、鳥などの営巣・採餌・退避(木陰)となる草地を作ると、1haあたり約450£」とだけ書かれた政府の補助金メニューもホープファームに来れば具体例が分かる

畑の林縁の写真

麦畑の写真

鳥類やチョウ類、土壌のモニタリングを行い、環境保全効果を実証しつつ、農作物販売の収支も公開して、「環境保全型農業を実践しながら、農業で黒字経営が実現できる」ことを実践していました。

環境保全型農業の実態、経営としての現実性、生物多様性保全上の効果、具体的農法のノウハウ(失敗も含めて)をNGOが示しているのは大きなことです。

NGO自身の変革も顕著。連携のために「一つのビルに集まる」

ヒアリングは連日ケンブリッジの町の中央にある「デイビット・アッテンボロービルディング」で行われました。このビルには、IUCN、バードライフインターナショナル、野生物保護協会、王立鳥類保護協会、国連環境計画などの10の自然保護団体の本部や支部が入る7年前に建てられたビルです。

IUCNはレッドリストを扱う部署が入っているなど、各団体のデータ・研究部門がこのケンブリッジに集約されており、自然保護のためのデータ連携がこの10年急速に進んだ理由が分かりました。このような「一つのビルをもつこと」もNGOが競争ではなく、連携をしてより大きな課題解決を目指して生まれた動きだったそうです。

建物まではいかなくとも、自然保護上の戦略を共有し、いつの間にか連携しているという様子も見られました。ヒアリング・現地視察両方で何度も出てきたキーワードが「もっと(More)、おおきく(Bigger)、よりよく(Better)、つなぐ(Join)」です。

これは、2010年に、生物学の権威であるJohn Lawton卿が英国の自然の危機に対処するためのポイントとして提唱した言葉です。これを実践したのが「ファインシェードウッド陸機景観再生事業」や、ケンブリッジ周辺のトラストをより大きな生態系ネットワークに見立てて保護保全地域を広げる「ケンブリッジネイチャーネットワーク」で、環境農業政策や環境保全政策の補助金等を駆使した事例として視察しました。

将来ビジョンを示した地図▲ケンブリッジネイチャーネットワークパンフレットより。ケンブリッジネイチャーネットワークの将来ビジョン。保護地域を広げながら、緑・青・紫・赤は特徴的な生態系へと広げていく展望を掲げている。

英国環境NGOは、現場での実践から得た知見の共有、市民モニタリングに基づく生物多様性の現状や危機的な状況の発信、ネットワーク構築、農業環境支払制度を活用した農家への生物多様性保全活動の普及・支援、政治家へのアプローチ等環境農業政策の提案等を通じて、行政・環境農業政策に働きかけをしていることが分かりました。

さらにそこに留まらず、試行と学習結果を農家に提供し、新たな管理手法の提案、農業コミュニティーの支援、農家による環境対策の立案支援、消費者への働きかけ(認証制度の構築)、農業外の政策との連動(森林再生事業との連動等)を通じて農業コミュニ―の環境配慮型への移行を支えています。

NGO等市民社会の力が、危機に対して変化する力となっていることを学んだ英国出張でした。日本自然保護協会では、法改正が進む「食料・農業・農村基本法」への働きかけなどを行っていますが、今回の視察の成果を日本における政策提言に活かしていきます。

ご参考

併せてお読みください。

「生物多様性」と「食料・農業・農村基本法」の意見交換会を開催しました(2023年7月)

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