2023.08.14(2023.11.13 更新)
ラムサール条約湿地「中池見湿地」の北陸新幹線建設で代償措置として湿地の自然復元の方針が決定
報告
専門度:
▲2023年7月29日のフォローアップ委員会現場視察の様子
テーマ:里山の保全自然資源生息環境保全世界遺産
フィールド:北陸新幹線問題
ラムサール条約湿地・中池見湿地(福井県敦賀市)は、特異な地形と多様な水環境からトンボ類をはじめとした生物多様性の宝庫となっています。しかし、2012年にラムサール条約に登録した直後、湿地の水源となる「深山(みやま)」を貫通する北陸新幹線のルートが公表され、2019年1月~2021年8月で工事が完了しました。
今回の北陸新幹線トンネル建設⼯事による影響は、湿地本体については現時点では⾒られていませんが、湿地本体からの唯一の水の出口である「後谷」に深山から流れる湧水が激減し、河川の源流部に⽣息していたアサヒナカワトンボやミルンヤンマなど流⽔性のトンボ類が⾒られなくなり、その下流の水田では、モートンイトトンボ等が⾒られなくなるなど、⽣物多様性の低下がおこっています。
図.後谷上流部の埋立地の位置
これらの状況を改善するために、日本自然保護協会(NACS-J)や地元市民団体は、事業者である(独行) 鉄道・運輸機構に2022年から保全策の検討を要請し、その保全策の1つとして後谷を分断している上流部の埋立地(1990年代の敦賀LNG(液化天然ガス)基地計画に伴う造成地)を元の湿地に再⽣することを提案してきました。(詳細はこちら)
その結果、2023年7月29日に行われた「北陸新幹線、中池見湿地付近モニタリング調査等 フォローアップ委員会」(委員長:松井正文)において、深山の地下水位は10年程度以上の期間を経て落ち着くものの、流量については100%戻ることは難しいとの見解から、ミチゲーション5原則(回避・最小化・修正・軽減・代償)に則り、代償措置として後谷の上流部の埋立盛土を撤去し、湿地空間を拡げ1990年代初頭に近い状況を復元する方針が決定されました。
これに対して委員からは賞賛の声が上がりました。一方「行政側はその後の維持管理をどのように考えているのか」「今後この事業をどのように進めるのか」という指摘が多くなされ、今後の維持管理などはこの委員会とは別の場で議論されることになりました。
今回、NGO側の意見を真摯に受け止め、保全策として自然を復元する方針が決定されたことは、鉄道事業で事例がなく大きな前進です。
1997年5月11日の後谷
(写真:ウェットランド中池見資料室)
棚田の土手にはウマノアシガタが一面に咲いていた。
1999年5月6日の後谷
(写真:ウェットランド中池見資料室)
敦賀LNG(液化天然ガス)基地計画に伴う公園エリア造成のため、後谷上流部が埋め立てられた。
2023年7月28日の後谷
現在、ススキやササなどが生い茂り、一部道具置き場等に利用されている。
今後、自然復元の実施にあたってはラムサール条約の決議「湿地再生の原則とガイドライン」に則り、目標設定や達成基準を明確に示し、事前の調査、実施中の管理及びモニタリングを適切に行う必要があります。特に景観や観光・教育などの⽣態系サービスを回復・維持していくためには、行政・市民・NGOの役割が大きく、専門家も含め広く関係者が参加できる場が必要です。
今回のような自然復元の保全策を決断した背景には、ラムサール条約のガイドラインに基づく「環境管理計画」が委員やNGOからの要望で策定されたことが大きくあり、引き続き中池見湿地の保全に活かされることを期待しています。
2024年1月には現在行われているフォローアップ委員会は終了し、2024年3月には金沢‐敦賀間の北陸新幹線が開業するという節目を迎えます。今後もNACS-Jは地元市民団体とともに現場のモニタリング調査を進め、自然復元の実行に向けた取組みも支援していきます。
参考資料
ラムサール条約湿地「中池見湿地」の北陸新幹線建設で、谷部分の水環境に大きな影響(2022年12月28)
ラムサール条約「中池見湿地」での国内初の環境管理計画づくりが実現しました(2019年1月21日)