2021.12.24(2021.12.27 更新)
どうする上高地の河床上昇
解説
専門度:
テーマ:国立公園川の保全
フィールド:国立公園
上高地は、国立公園として傑出した自然の風景地であり、文化財として特別名勝・特別天然記念物に指定された優れた自然の記念物です。
登山ではじめて訪れてから60年以上にわたって上高地の自然を見続けてきた立場から、現在、上高地で起きている問題について解説します。
NACS-J理事長
亀山 章
わが国の国立公園は、土地を公園として専有していない地域制の公園であるために、関係省庁や自治体および地元関係団体などのさまざまな関係者によって管理・運営されています。上高地では関係者が協働型の管理をするために中部山岳国立公園上高地連絡協議会が組織され、私が座長となり、2014年に「上高地ビジョン」を策定しました。それから7年が経ち、ビジョンの進捗状況を確認したところ、最大の課題である梓川の河床上昇問題への対策が遅れていることが明らかになりました。
梓川は本川上流および支流から大量の土砂が供給されるために河床が上昇し、その結果として河童橋周辺の宿舎や各種の施設が増水時に水害や歩道の冠水などの被害を受け、公園利用の安全性が危惧されています。その対応策として、堆積した土砂の搬出やバイパスによる土砂の流送、砂防施設の建設による土砂移動の抑制などが提示されています。これらは河床上昇の原因となる土砂の制御であり、原因を取り除こうとする考え方です。
河床上昇は上高地の風景の根幹
しかし、この考え方には問題があります。上高地は河川の上流域において河床に大量の土砂が堆積してできた大きな埋積谷であり、それが風景の骨格をつくりだしており、急速な土砂の堆積によるかく乱に合わせてケショウヤナギなどの若々しい先駆性の河畔林が成立しているのです。
戦後、電源開発のために明神の上流の梓川にダム建設が計画されましたが、調査の結果、地下150mまで砂礫の堆積があることから計画は断念されました。砂礫は現在も堆積を続けており、河床上昇は上高地の風景と自然を成り立たせているメカニズムの根幹をなすものです。梓川の両岸の3000m級の山々は、斜面の崩落を続け、大量の土砂を下流に供給し続けています。国立公園の特別保護地区であり、特別名勝・特別天然記念物の風景と自然は、それによって成り立っていることを忘れてはなりません。
施設の水害防止や公園利用の安全性は、河床上昇という自然現象を前提にして求めるべきものです。水害を受ける施設は、河床上昇に合わせて地盤をかさ上げすることで被害を免れます。冠水しやすい歩道は水につからない位置に付け替えればよいことです。幸いにして、河童橋周辺のホテルや土産物屋などの施設が集中した地区は、国立公園の集団施設地区にされており、この部分の土地は環境省が所管していますので、地盤のかさ上げは容易にできるはずです。かさ上げに使う土砂は、上昇した河床から搬出して使えばよいでしょう。
「角を矯めて牛を殺す」、という諺があります。河床上昇は角ではありません。むしろ、上高地の命の源泉とも言えるでしょう。いま、私たちは子孫に残す国民の宝にしっかりと向き合うことが求められています。