2021.04.28(2023.09.22 更新)
イヌワシの羽根でできた天狗の羽団扇「木蓮号」が完成しました
報告
専門度:
▲宝生流に伝わる羽団扇の構造を分析。写真はクマタカの尾羽を使った羽団扇
テーマ:絶滅危惧種伝統文化
『自然保護』2018年1・2月号の特集で紹介した、能の小道具、天狗の羽団扇。日本自然保護協会(以下、NACS-J)では伝統芸能や動物園の皆様とともに、生物文化多様性の普及啓発活動を重ね、イヌワシ飼育個体の羽根を活用し、モデル羽団扇の制作に取り組みました。
能楽で使う道具が継承の危機
NACS-Jが続けてきたクマタカやイヌワシ生息地の保全活動。その活動を耳にした能楽関係者から「ワシの尾羽でできた羽団扇が修理できず困っている」と2016年に相談がありました。羽団扇は天狗が出る能の演目では必携の道具ですが、修繕や新調ができないという課題に直面していました。尾羽の主であるイヌワシ、クマタカなどの大型猛禽類は、絶滅の危機にひんしており、種の保存法で、生きた個体はもとより、羽根や爪などの部分であっても、繁殖研究、野生生物保護目的以外の、販売、譲渡や移動が禁じられているのです。
羽団扇の継承危機から、能楽界の方々にも、イヌワシやクマタカなどの野生生物の危機的状況に強く関心を寄せていただくこととなりました。イヌワシの繁殖研究を進めている多摩動物公園、伝統芸能の道具ラボ、宝生流能楽師の方々とNACS-Jで、2017年より希少野生生物と日本の伝統芸能のつながりについてのシンポジウムや展示、セミナーなどを連続開催し、生物文化多様性の普及啓発活動を行ってきました。
2020年7月、多摩動物公園で繁殖したイヌワシのメスの幼鳥が死亡し、尾羽が譲渡できるという知らせが入りました。羽団扇を通じ、野生生物保護、生物文化多様性保全の普及啓発活動を行ってきたことで、環境省からの許可も得られ、譲渡された尾羽での羽団扇の制作が始まりました。宝生流能楽師の東川光夫さんに、現存する羽団扇の構造の分析と設計をお願いしました。
「わたし自身も、羽根一枚一枚が、こうして道具の形になるにつれ、本物の羽根が持つ迫力を体感しました。昔の人たちがワシに感じていた畏敬の念から、こうした道具の形になっていったことがよく分かりました。」と東川さんも、羽団扇の制作を通じて、イヌワシと能のつながりを改めて実感されていました。
残念ながら幼くして死亡したイヌワシはモクレンと名付けられていました。このモデル羽団扇『木蓮号』は、これから野生生物保護や生物文化多様性の普及啓発活動で新たな役割を担います。
❶完成したモデル羽団扇『木蓮号』 ❷今回は先端に痛みのある羽根もあり、展示普及活動用として、ヒノキ材の柄の構造が分かるように、半面をアクリル版で固定。❸譲渡された12枚の尾羽
❹多摩動物公園でイヌワシ幼鳥の羽根の譲渡
❺中央:東川光夫能楽師、右:伝統芸能の道具ラボ田村民子氏、左:NACS-J鶴田
ご寄付のお願い
日本において絶滅の危機にあるイヌワシの保護に、ご支援をお願いいたします。
担当者から一言
リポーター
支援企画 参事 鶴田由美子
赤谷でのイヌワシ幼鳥の成長のうれしい知らせとともに羽団扇が完成しました。自然と文化のつながりをお伝えする展示やイベントを企画し、『木蓮号』の出番を野生生物保護と文化の継承の両面に役立てていきたいと思います。