2021.03.03(2021.03.10 更新)
【東日本大震災から10年】福島県における野生動物の放射性セシウム汚染。この10年の推移
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専門度:
▲太田川における水生生物調査の様子。
テーマ:モニタリング
フィールド:森林河川
2011年3月11日の福島第一原子力発電所の事故により、多量の放射性物質が環境中に放出されました。
放射性物質のうち、放射性セシウム137は約30年と比較的長い半減期を持つため、原発事故後10年を迎える現在においても環境中に留まり、さまざまな野生生物に食物網を通して取り込まれています。
ここでは現在の福島県における野生生物のうち、淡水魚の汚染状況について解説します。
石井弓美子
国立環境研究所福島支部主任研究員。学術博士。
福島県の淡水域を中心に、生態系における放射性セシウム移行の解析を行う。
野生生物の汚染の長期化
福島県では放射性物質による野生生物の汚染が継続しています。農林水産省が公表している食品中の放射性セシウム濃度の推移から、特に食用となる野生生物の汚染の推移を見ることができます(図1)。
一般食品中の放射性物質(主に放射性セシウム)の基準値は1 kg当たり100 Bqと設定されていますが、人が栽培・管理している農作物や畜産物では、この基準値を超える事例は現在ほぼ報告されていません。
図1:福島県の食品中の放射性セシウム濃度の推移。 全検査件数のうち放射性セシウム濃度別の割合を示した (農林水産省、食品中の放射性物質の検査結果から作成。 https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/radio_nuclide/)。
一方で、イノシシなど野生鳥獣の肉類、きのこ類、山菜類では未だに基準値を超過する事例が見られます。これらの生物の生息域である森林では、事故により沈着した放射性セシウムが森林土壌表層に長期間に渡って保持されることが報告されており(参考文献1)、これが食物網を通して野生動物の汚染源となっていると考えられます。
淡水魚についても、河川や湖において環境中に残った放射性セシウムが汚染源になり、海水魚よりも放射性セシウム汚染が長期化しています。海では環境の放射性セシウム濃度が拡散などにより事故後大幅に低減したため、海水魚の放射性セシウム濃度は順調に減少したと考えられます。
国立環境研究所では、2014年から福島県の浜通りの河川において、淡水魚と水生生物を対象に放射性セシウムのモニタリングを行っています。淡水魚の放射性セシウム濃度の推移を見てみると、事故後数年は急速に減少しましたが、近年ではなかなか濃度が減少しない下げ止まりが問題となっています(図2、はやま湖の例)。
図2:淡水魚の放射性セシウム濃度の推移。環境省水生生物モニタリングデータから作成。
図3:淡水魚のサイズと放射性セシウム濃度の関係。環境省水生生物モニタリングデータから作成。
これは、前述したように淡水魚の生息環境内に放射性セシウムが残っているためです。淡水環境において、放射性セシウムは水中に溶けた状態、および陸上からの落葉落枝などの有機物に結合した状態で存在しており、これが食物網を介して藻類や有機物を食べる水生昆虫・両生類・甲殻類などの水生生物に取り込まれ、さらにこれらが捕食されることにより淡水魚に取り込まれます(図4)。
図4:水生生物食物網と放射性セシウムの動き。
また、渓流域のヤマメやイワナでは、水中の水生昆虫などに加えて岸から川に落ちる陸生昆虫も食べるため、陸域からも放射性セシウムを直接取り込んでいます。陸生・水生昆虫類のどちらがどの程度淡水魚の汚染に寄与しているかを評価することは、淡水魚の放射性セシウム濃度の将来予測や対策を検討する上で重要な課題です。現在ヤマメの胃内容物の解析により、餌とヤマメのセシウム濃度の関係について研究を進めています。
淡水魚の放射性セシウム濃度が下がりにくくなる、いわゆる「下げ止まり」は、いつ基準値を下回るのかという将来的な濃度予測を難しくしています。淡水魚の汚染を低減するための対策として、汚染源となっている生息環境の除染などが考えられますが、除染により効果的に森林内のセシウム汚染を低減させるのは難しく、周辺環境からの再汚染や費用面を考えると実施は難しいと考えられます。
淡水魚の放射性セシウム濃度とその低減傾向は、図2に見られるように魚種によって大きく異なります。魚のサイズが放射性セシウム濃度に大きく影響することが分かっており、ナマズやコクチバスなど他の小魚を食べる魚食傾向のある大きな魚で高い傾向があります。
淡水魚の放射性セシウム濃度のばらつきに影響を与える要因について相対的な重要性を統計的に調べた研究では、魚の大きさに加え、食性(何を餌とするか)や水質が、魚への放射性セシウム蓄積に大きく関係していることが分かりました(参考文献2)。
放射性セシウム濃度のばらつきに影響を与える要因を調べることで、魚種や地域によって異なる淡水魚の放射性セシウム汚染のより正確な将来予測につながることが期待されます。
参考文献
- Koarashi J, Nishimura S et al. (2019) A new perspective on the 13Cs retention mechanism in surface soils during the early stage after the Fukushima nuclear accident. Scientific Reports 9,7034.
- Ishii Y,Matsuzaki SS et al.(2020) Different factors determine 137Cs concentration factors of freshwater fish and aquatic organisms in lake and river ecosystems. Journal of Environmental Radioactivity 213,106102.
特集『東日本大震災から10年~復興と自然の移り変わり~』
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