2020.11.02(2020.11.05 更新)
アフターコロナの自然保護3「日本版グリーンディールを 進める視点」
読み物
専門度:
テーマ:国際
フィールド:経済政策アフターコロナ社会
これまで、新型コロナウイルス発生と自然破壊の関係、解決のためのワンヘルスアプローチという発想(『自然保護』576号)、アフターコロナ社会のコミュニケーションの重要性(『自然保護』577号)などについて、ご寄稿いただきました。
今回は、アフターコロナ社会のあり方をいち早く打ち出した、欧州の事例をヒントに、日本社会のあり方を考えましょう。
道家哲平(国際自然保護連合(IUCN)、日本委員会事務局長、NACS-J広報会員連携部)
対策から次の社会づくりへ
新型コロナウィルス感染拡大はいまなお全世界に影響を与えています。累積感染者数は、10月12日時点で、3755万人を超え、死者数は108万人に迫っています※1。国際通貨基金の6月発表見通しでは、今後2年間に1300兆円の経済損失が起きるだろうと警告しています。新型コロナウィルス対策と同時並行で、疲弊した経済の立て直しがどの国でも関心事項となっています。
そのような中で、これまでの自然破壊と新型コロナウイルスのような野生動物由来感染症はつながっていると認識し、第2、第3のコロナを生み出さない「アフターコロナ社会」に向けた立て直しを訴えるキーワードが、世界の政治や経済のリーダー層から発信されています。
特に注目されている言葉は、「新しい日常(new normal)」「より良い復興(build back better)」「グリーンディール」「グリーンリカバリー」「グレートリセット」などです。文脈によっては、同じ内容を指していることもあり混乱もあるのですが、このうち最も影響がありそうな、グリーンディールをご紹介します。
ディールとは、取引や政策などの意味を持つ言葉で、グリーンディールは、有名な「ニューディール政策」をもじったものと考えられます。その最先端を走るのは欧州です。
環境・社会・経済を一体化 欧州グリーンディール
欧州グリーンディールは、気温上昇1・5度未満を目指す気候変動枠組み条約パリ協定や環境保全目標達成を上位目標に据え、エネルギー・農業(食料問題)・公共交通政策・住宅整備・インフラ整備事業を展開し、雇用拡大・技術革新・コロナ禍からの経済復興・民間投資拡大・健康福祉の増進を図るという行動計画群を総称した言葉です。
欧州委員会は、コロナ禍が続く5月22日、2030年までに陸域・海域の30%を保護区に設定することや、脱ダム化した河川を総延長2万5000kmに増やすなどの目標を掲げた欧州生物多様性戦略と、2030年までに農地面積の25%を有機農地にすることなど環境と持続可能性をさらに強化した農業・食料政策「農場から食卓まで(Farm to Fork)」戦略を欧州グリーンディールの一環として発表しました。
欧州委員会は、2030年までの10年間で5000億ユーロ(約60兆円※2)、民間投資も加えると、1兆ユーロ(約120兆円)の資金を、グリーンディールの実施に費やすとしています。また、新しい政策への移行が生む雇用の変化などのリスクや課題を緩和するために100億ユーロ(約1兆2千億円)の基金を創設して、誰一人取り残さない欧州を目指すことも宣言しています。
コロナ禍を契機として、気候変動対策と生物多様性保全と持続可能な利用を、アフターコロナ社会構築の核に据える先進国が現れているということです。この動きは、EU加盟国レベルでの政策決定に反映されています。外出自粛による利用者減で経営危機に陥ったフランスの航空会社エールフランスへの公的融資にあたって、フランス政府は、CO2排出効率を考え、車で2時間程度の移動距離の短距離交通便を撤廃することを条件付けました。
欧州グリーンディールは、パリ協定採択翌年の2016年から検討が進み、先行事例づくりもなされ、グリーンディールを重点課題に掲げるウルズラ・フォン・デア・ライエン氏を欧州委員会委員長(欧州行政の総理大臣に相当。初の女性委員長でもある)として選出するなどコロナ以前から準備された取り組みです。
※2:1ユーロ120円で計算
日本版グリーンディール 進め方と3つの視点
今のところ、日本版グリーンディールといった発想が政治・行政から出る可能性は皆無です。このような検討の蓄積は見られず、どの方向へ日本経済を立て直すのかというメッセージは出ていません。「里山資本主義」を掲げた自民党総裁選候補者もいましたが、マスメディアでは、内容の理解を高める機会はつくられませんでした。
一方、年度末に向けて、経済立て直しを図る令和3年度予算案が、国においても地方行政においても検討されます。新型コロナを引き起こした社会に戻らないようにするため、立て直し後の未来を描いた予算となるよう市民が働きかけるしか、日本版グリーンディールは実現しないのではないかと私は思っています。
国や自治体の予算が、元の社会への立て直しではなく、自然と人間が共に健康になる新たな社会に資するものに提案していくための視点として下記のような問いかけが考えられます。
1. 以前の状態を取り戻すためではなく、自然の力で地域を育てる予算になっているか?
例えば、インバウンドの観光客を呼び戻すためのキャンペーン予算が組まれるかもしれません。しかし、これからはエコツーリズムのような、小人数・高額の質の高い観光プログラムによって、自然も活かしつつ、観光業を活かす形を、行政として後押しするような予算の使い方を提案できると良いと思います。
2. 自然保護・気候変動対策・防災・福祉など複数の目標を同時に解決できる予算になっているか?
例えば、建築土木業を支えるためのインフラ事業、再生可能エネルギーの推進が予算化され、景観や自然破壊、土砂崩れなどの災害リスクが高まるような事例が生まれるかもしれません。限りある予算の中で、一つの事業が、「自然を二の次にせず」、複数の公益を高めるよう追求していくことが重要となるでしょう。
3. 市民団体や地域コミュニティーを育てる予算になっているか?
コロナ禍の収束には時間がかかります。引き続き、さまざまな想定していなかった課題や混乱が生じるでしょう。支えあい、協力し合う地域の力を高め、社会の安定性を高める予算か否かも大事なチェック項目になります。