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2020.01.24(2020.01.31 更新)

自然保護につながる人工肉の可能性

読み物

専門度:専門度3

有志により作成されている小冊子4種の写真

▲集まりの有志により作成されている小冊子。「純肉」とは純粋培養肉の略。あらゆる側面から培養肉を論じるバラエティーに富んだ内容となっている。コミケなどで販売しているという。

テーマ:環境教育

フィールド:人工肉

植物由来や培養によってつくられる人工肉は、自然環境への負荷を抑える代替タンパク源として今、注目を集めています。国内外の現状と、自然保護への関連について紹介します。

文:北元 均


人間が生きていくのに必要なタンパク質を何から摂取するのか。

ウシやブタ、ニワトリを家畜として育て、食用に供する。あるいは海や川の魚を取って食べる。これらを当然のこととして、人は食を賄ってきた。

しかし近年、環境への意識が高まるとともに、タンパク源として家畜を飼育したり、魚を取ったりすることの持続可能性が問われるようになった。背景には、家畜を育てるためには飼料として大量の穀物が必要であること、人口増の結果起こる乱獲に耐えうるほど魚業資源は無尽蔵ではないといった問題がある。

そこで注目され始めたのが「代替タンパク源」いわゆる「人工肉」と言われるものだ。そこには植物由来のものをはじめ、昆虫や藻類からタンパク質を得ようとする試み、さらには細胞培養で肉をつくり出そうという細胞農業の取り組みなどがある。

かつてはSF世界の空想の産物だった人工肉だが、米国ではすでにハンバーガーのパテやソーセージとして普及し始めている。植物由来の人工肉をつくるインポッシブル・フーズ(Impossible Foods)やビヨンド・ミート(Beyond Meat)などの企業は、環境を重んずる有力なベンチャー企業と目されており、こうした企業に投資するESG投資の広がりに伴って注目が高まっている。

環境保全志向ということでは、より直接的に生物を守ろうという意識が起業の動機となっているのがフィンレス・フーズ(Finless Foods)という企業だ。同社は絶滅の危機にあるクロマグロを守るために細胞培養で魚肉をつくり出しており、最終的な目標は「刺身を培養魚肉でつくることだ」とCEOのマイク・セルデン(Mike Selden)氏はかつて講演の中で話をしていた。

注目される日本での試み

日本にも細胞を培養してホンモノの肉をつくろうという試みがある。この分野を、早くから国内でリードしている人物が羽生雄毅さんだ。羽生さんは、培養肉生産のインテグリカルチャー株式会社の代表取締役CEO。それと同時に、個人でバイオテクノロジーの実験や研究(DIYバイオ)ができる民間のバイオラボなどの施設で、有志が集まり細胞培養による「純肉(純粋培養肉)」をつくろうというプロジェクト「Shojinmeat Project」の代表も務める。

日本初の人工培養肉プロジェクト「Shojinmeat Project」を立ち上げた羽生雄毅さん。オックスフォード大学の化学科博士課程を修了後、東北大学と東芝研究開発センターを経てインテグリカルチャー㈱ を設立。

羽生さん自身が培養肉に取り組もうと思ったきっかけは「SFの定番だからです」とのことで、環境保全を志向してはじめたわけではないという。だが培養肉の開発・商業化が進めば環境保全に繋がるというプロセスは、当然のことながら強く意識されていることだろう。羽生さんたちは、すでに培養肉フォアグラをつくり出し、それを2021年には高級レストランへのテスト提供、2023年には一般販売することを目指している。

人工肉の持つ可能性

土壌に依存しないゆえに農地が不要な細胞農業は、普及すれば地球規模の環境課題の解決策になると考えられている。しかし、そこに至るには多くの課題がある。ひとつはコストの問題だ。

羽生さんによると、2013年にオランダ・マーストリヒト大学教授のマーク・ポスト医学博士がつくった培養肉の試食が行われたが、そのお値段は200gで当時2千800万円(研究費を含む)ほどだった。培養肉を広く普及させるには、この価格をブラジル産の鶏肉の取引価格程度の1㎏200円程度にする必要があるという。

現在、細胞培養は医療目的のものが多いため、小規模で高コスト構造となっている。細胞培養のコストの大きな部分を占めるのは培養液関連のコストなので、これを大幅に下げ、さらに大規模な培養装置で大量生産をすれば安価な培養肉をつくることが可能になる。その他にも食品として受け入れられるには、食感や食味の問題など越えなければならない壁はいくつかある。

研究中の課題も多くあり、今すぐにとは言えないが、培養肉は私たちの食卓に届く手前まで来ている。こうしたタイミングで、普及に備えて必要な議論も始まろうとしている。技術や実用性の点だけでなく政策や倫理など「細胞農業のあるべき姿」の模索が、羽生さんたち細胞培養の関係者と多摩大学大学院のルール形成戦略研究所が中心になって、すでに始まっている。

こうした取り組みを始めたのは、早い段階でルール形成の土台を整えることで、細胞農業が特定の国や特定の業界にリードされることを防ぎ、社会全体にとって最適なものとなるようにしたいという思いがあるからだ。ドローンや遺伝子組み換えのように、議論が不十分で合意形成が出来上がる前にイノベーションが先行してしまうと、規制が先行して国内での普及が停滞したり、不安が蔓延し消費者の理解が妨げられることがある。

自然保護活動はどのように関わっていくべきなのか?

議論に参加するのは、細胞培養に関わる関係者の他にも畜産業の関係者、食品会社、消費者団体などだが、NACS-Jのような自然保護に関わる団体にも参加し議論に加わることが期待されている。

こうなると今の時代、自然保護活動に関わる組織や団体も、イノベーションがもたらす社会の仕組みの変化と無縁ではいられない。バイオテクノロジー領域の知識を備え、最新の動向については、自然保護に関わる協会の一員としても常にアンテナを張っておく必要があると感じた。

※※※

今回、羽生さんにお話を伺ったのは、バイオラボなどの工作室を持つ渋谷の「FabCafe Tokyo」。この日はDIYバイオに興味がある人たちが集まる日で、高校生から社会人まで生物や遺伝子などに興味がある人達が集まり、DIYバイオに必要なモノや情報の交換をしていた。

▲今回取材の場となった渋谷の「FabCafe Tokyo」。この日は高校生から社会人まで、DIYバイオに興味を持つ人が集まっていた。部活動のような雰囲気。

▲大学で再生医療の研究をしている学生も参加。「培養肉を知ることは研究につながっていくと思っています」

ここに集まる仲間は、コミックマーケット(コミケ)で販売する培養肉に関する同人誌を編集したり、試作した培養フォアグラを食べる様子をニコニコ動画でアップしたりして、楽しみながら細胞培養を実践している。

▲培養に必要な材料。情報や手法を共有することで自宅などでDIYバイオを行うことができる。

若いメンバーが多く「生物が好き」「自然保護に少し興味がある」という人たちもいたが、皆さんNACS-Jの会員でもなく、ほとんどの人が今のところ自然観察とは無縁の日常だ。

だが、入口は異なれど、ここにも生物の命や環境の保全に興味がある人たちがいることが分かった。

▲写真中央の葉っぱの上にある黄色いものが、鶏の肝臓細胞を培養した培養鶏レバー(写真提供:Shojinmeat Project)

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